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委ねられた、かっこよさ

髪を切りに行った。
いつも通りフワッと希望を伝え、半分おまかせ。もう8年ほど同じ美容師Mに切ってもらっている。個人的に人間のかっこよさは半分髪型で決まると思っているのでおれのかっこよさはもう当分の間、Mに半方委ねられている。

おれがMに初めて自分のかっこよさを委ねたのは大学時代。後輩Kが「ワタベさん、この人イケてますよ」とMのインスタを見せてくれた。KはPOPEYEからそのまま出てきたようなイケメンで、服がオシャレな奴だった。一緒に服を買いに行くことが多かった。逐一「これ似合ってる?」とイケてるかチェックしてもらうのだ。
個人的に人間のかっこよさのもう半分は服装で決まると思っているので、おれのかっこよさはMとKにすべて委ねられた。そんな信頼のおけるKに紹介され、ドキドキしながら代官山の美容室に入り席に着く。
すると後ろから初対面にしては馴れ馴れしい声で「よろしくぅ〜」。

鏡越しに、夏なのにロシア人が付けるようなモッフモフの帽子に、レンズがピンク色のサングラスを付けたMが見えた。オシャレだった。
この人は一般人が「オシャレ〜」と褒め合うもう一つ先のオシャレの扉を開いてしまった"超オシャレ"な人だ。これから髪を切るというのに、室内なのに、濃いめのピンクのサングラスをかけてるのだからきっと相当にオシャレだ。人間のかっこよさは半分服で決まるので、この超オシャレ人に髪を切ってもらいさえすれば、おれのかっこよさは半分保証される。よし、この人におれの半分を捧げよう。

昔から横をキンキンに刈り上げた短髪に憧れがあった。アメリカの米兵みたいな髪型だ。だけどその要望を伝えると「んー..どうだろうねえ..顔が大きく見えちゃうかもねぇ...」と渋い顔をされ、結局こめかみを隠すように髪を残して小顔効果を狙ったような無難な髪型にされることが多かった。

Mは違った。「こんな感じで..」とあらかじめ用意しておいたキンキンに刈り上げられた髪型の画像を見せると、Mはおれの服装全身をチラッと見てから「そういう感じね。おっけい」と軽く承諾してくれた。え、いけるの?小顔効果は?シャンプー台で天井を見つめながら、頭の中を不安が渦巻く。わざわざイメージ画像を用意したことがなんか恥ずかしくて、チョロっとしか見せなかったことを後悔した。

尻込みするおれに脇目も振らず、さっそく豪快にハサミを入れていくM。こめかみにかかる前髪は一瞬にして白いピカピカの床に落ちていった。あまりにも豪快なので、やっぱりピンクのサングラスで手元がちゃんと見えてないんじゃないか?と不安になり「サングラス、ピンクなんすね!」と声をかけてみる。自信満々に「かっこいいっしょ」と返ってきたので愛想笑いをしながら、諦めの「うっす」を返した。
どちらにせよ最初の一太刀でもう後戻りできないレベルまで切られていたので、流れに委ねるしかないと覚悟した。考え始めると疑心暗鬼になるのでMのハサミ使いに集中した。

結果、サイドをキンキンに刈り上げ、上の方をグリースで固めた米兵風カットの男が目前に現れた。イメージ通り。いや、イメージ以上だ。

「はい、ヒップホップ坊主」
Mはおれの髪型を名付けた。たしかにヒップホップやってる人こんな髪型してるわ。米兵っぽさを残しながら、あえてのヒップホップテイストでアレンジを入れてきたMに驚愕した。
なんせこの頃のおれはヒップホップを聴き始めていて密かにラッパーに憧れていたのだ。そのよくわからない憧れを、服装や佇まいから見抜いていたのだ。

ヒップホップ坊主に変身し自信をつけたおれは、普段は入らないようなオシャレな代官山のセレクトショップに意味もなく入ったりしながら帰路についた。
ピンクのサングラスは伊達じゃなかった。

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