彫刻家の時間
楽をする人は太りやすいらしい。どこで聞いた話か覚えてないけど、そうらしい。エスカレーターとかエレベーターを見つけるのが得意な人は階段を使う回数が少なくなる、みたいな。
日々の小さな積み重ねで消費カロリーに差が出てくるのだろう。楽をするとそのツケが回ってくるようだ。エスカレーターが混んでいるときに迷わず階段を使う人を見ると漠然とすごい人だなー、と思ってしまう。そういう人はきっと多少めんどくさい仕事もテキパキやるに違いない。ゴミとかも溜まったらすぐに出すし、洗濯物も溜めずにすぐに洗うタイプに違いない。日々とにかくなんとかして"楽ができないか"を考えている身としてエスカレーターから横目で階段を使う人々を尊敬してしまう。
一度、知り合いの石の彫刻家のアトリエを訪ねたことがあった。
そのアトリエは半分外のような場所で日が当たる場所は雨除けのタープで覆っていた。地面は土なのだがところどころ飛び石のように石が埋められていた。工事現場でしか見ないような機械がズラリと並べてある。
そして、ぼくより1.5倍以上あるような掘りかけの作品がアトリエの中央に鎮座しており、砕かれた岩がアトリエ中に転がっていた。もはや作品の端材さえも作品のような覇気を纏っていた。クーラーの効いた部屋で、仕事机の前に鎮座しながらiPad上でせっせと絵を描いている自分がなんだかちっぽけに感じた。
巨大な堀りかけの作品は、クレーンのような大きな器具に鎖で括り付けてあった。聞いてみると、そのクレーンは作品の移動に使うそうだ。
ぼくにとってはその"作品の移動の仕方"がその日1番の衝撃だった。
クレーンは手動式のもので巨大な岩を完全に持ち上げるほどのパワーはない。なんならほんの微かに浮かせることしかできないそう。なので作品が地面と接している一点を支点にしてほんの数センチ回転させながら移動する。
ぼくの1.5倍以上もある巨大な岩を数センチ回転させたら、岩に括り付けてあるチェーンを全て外し、また括り付けて、新たな支点を作りまた数センチ回転させる....それを繰り返して数メートルを何時間もかけて移動するらしい。
なんでそんなことができるのか、意味がわからなかった。
作品を作るだけでも巨大な岩をちょっとずつ削り出す膨大な作業が必要なのに"移動"に何時間も、何日もかけるなんて信じられない。階段がめんどくさいなんてレベルじゃない。その彫刻家からしたら階段を登るなんぞ、ぼくが鼻クソをほじる程度の労力だろう。
ぼくも階段くらいは、たまにはがんばろうと思う。
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