お客さまファーストの男
最近引っ越しをした。僕は物件を探すのがたまらなく好きだ。
一時期は10個くらいのサイトをブックマークして毎朝晩に更新チェックをしていたくらい好きだ。引っ越しが終わってしまうとリアルに内見をする気持ちで不動産サイトを見れなくなるので、一生引っ越し準備期間が続いてほしいくらいだ。
そして何よりも内見がたまらない。
いろんな不動産屋がいるが僕は知識を語ってくれる不動産屋が好きだ。中にはそっと横で微笑みながら、お客さんの判断に全てを委ねてくれる人もいるのだが、僕は不動産の知識をこれでもかとぶちまけてくれる人が好きだ。
僕が先日案内してもらったAは知識ぶちまけ型だった。
Aはいつもユニクロの日焼けしてところどころ薄くグラデーションしたモスグリーンのセットアップに、使い込みすぎて防水用のゴム部分が白っちゃけたリュックで登場する。どう見ても替え時だ。だが髪型はチリチリすぎないパーマで小洒落ており、スタイルもシュッとしていてスニーカーは毎回違うものを履いてくる。
一度スニーカーについて触れたら「内見はお客さまのためのものであり、案内人のファッションショーじゃないんだから。オシャレはスニーカーだけで十分なんすよ」と誰かに怒りをぶつけるようにぼやいていた。
Aは内見をする時のコツをいくつも教えてくれた。
物件は間取りが命。Aは間取り至上主義者だった。表面がどんなに綺麗でも、間取りが悪い部屋は断固として認めない。Aの口癖は「こまごましてんなァ・・・」だった。業者しか閲覧することができないサイトを一緒に見ているとAはこまごまと部屋が区切られた物件を次々と除外していく。こちらが「あっ綺麗・・・」と呟いても、こまごましていたら即除外されていく。Aはひと部屋がドカンと広くて、窓が部屋に対して多く接している部屋がベストだと語る。光が多く入り、使い方の自由度が高いからだ。
そして木造のデザイナーズマンションを親の仇のように忌み嫌っていた。「ワタベさん、こういう物件にだけは住まない方がいいっすよ」と木造のデザイナーズの横を通るたびに忠告してきた。
不動産とオーナーの関係性についてもひどく怒っていた。「ほんとクソっすよ。オーナーの力が強すぎるんすよこの業界は。お客さんファーストであるべきなのに、オーナーがなんか言ったら全部その通りになっちゃうんだから。あり得ないっすよ」と。この話題になるとAは止まらなかった。
Aの最も信頼できるポイントは、僕が部屋を決めようとすると「ここは駅から何分だから・・・」とか「う〜ん、あの物件に比べると〇〇が・・・」と、仲介業者としてはとにかく契約まで持って行きたいハズなのに、踏みとどまらせるようなネガティブポイントを言ってくるところだった。まさにお客さまファーストの男だ。
結果的に僕はしっかりとAに洗脳されて間取り至上主義者となっていた。もちろん木造のデザイナーズにも抵抗がある。
最後の内見日、帰り際にAからカフェに誘われた。腹が減っていたらしく、1人だけミルクレープを頼んでいた。
そして学生時代の話や不動産屋になった経緯を聞いた。夢を追った20代の挫折の末に、この職業に出会ったようだ。
ミルクレープを頬張りながら身の上話を交えながらも、Aはずっとスマホでおすすめの家具サイトを探してくれていた。帰り際最後の最後まで物件の知識をたくさんぶちまけてくれたのだった。
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