大人になっても友達はできるのか?(幸せの重心60話)
「幸せとは喜怒哀楽の調和である」というコンセプトで連載をしているマンガ「幸せの重心」(石川善樹さんのtwitterアカウントで連載中)
このnoteではマンガの先読みと、マンガの中で触れたことについて、少し掘り下げ、僕なりに感じたことを書いたりしています。
過去のnoteについて
この物語のスタート地点はこちら→0話「幸せとは喜怒哀楽の調和である」
前回のお話はこちら→59話「早い返信」
*過去のnoteは全て、マガジン「ヒツジゴヤ」内で読むことができます。
予想外の旅
善樹さんは親しくない相手と、いきなり旅行に行くことがよくあるらしい。
気心知れた仲の相手としか、遊びもしない僕としては、親しくない相手と数日間一緒にいるなんて正気の沙汰ではない!!
旅行に行こうと思った時に誘える相手を考えると、ある程度、価値観が似通っていたり、気が合うなと思える相手が思いつく。わざわざ、よく知らない相手と旅行に行こうとは思わない。そわそわして仕方ない。
気が合う相手を選ぶ理由の一つとして、予想外のことが起こらないというのがある気がする。
大人になればなるほど、付き合う相手は狭まっていきやすいように思う。
子供の時って、ランダムにクラス分けされた中で一緒に過ごさないといけないし、その中でなんとか友達を見つける。自分で環境を変えられないからこそ、ある意味、予想外の出来事だらけなのかも。
大人になると、自分で付き合う相手を選べるし、環境もある程度選べる。仕事先では、関係を割り切って付き合うこともできる。
すると必然的に、価値観の似通った、予想外のことが起こらない相手に落ち着く。
この前、仕事仲間10人くらいでキャンプに行った。
そのメンバーの中には自分とはタイプの違う人もいれば、ほとんど話したことのない相手もいた。(僕は普段はあんまり大人数で動くのが好きではないし、気心知れた仲の相手と遊ぶことが多いのだが、なんか成り行きでこの会は人数が膨れていった。)
すると、行きに寄るスーパーで何を買うか?何時に帰るか?温泉に寄るか?ロケーションはどこにするか?全ての問いに対して、いろんな意見が出る。
なんでもいい人もいれば、お金をなるべくかけたくない人もいるし、早めに帰りたい人もいれば、遅くまで焚き火をしたい人もいる。
やはり予想外はめんどくさい。
しかし、雨に濡れながらタープをはったり、“肉そんなに食べない派“の人から肉を買いすぎて怒られたり、焚き火を囲みながらしんみりしたりしていると、めんどくさいながら、なんだかんだ仲良くなったりする。
1日を振り返ると、喜怒哀楽の総量は、いつものメンバーよりも多かったりするのだ…
幸せとは喜怒哀楽の調和である。というテーマ沿って考えると、予想外の出来事はいろんな感情を発生させてくれるいいものなのかも知れない・・・・・ただ疲れるけど。
今週の幸せの重心
予想外のメンバーとの離島への旅行。
この旅行を楽しめる自信がなくなったタナカに、獅子村が声をかけるが…?
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