ジェフベソスは宇宙から何を見たのか(幸せの重心47話)
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ジェフベソスは宇宙から何を見たのか(幸せの重心47話)

「幸せとは喜怒哀楽の調和である」というコンセプトで連載をしているマンガ「幸せの重心」(石川善樹さんのtwitterアカウントで連載中)
このnoteではマンガの先読みと、マンガの中で触れたことについて、少し掘り下げ、僕なりに感じたことを書いたりしています。

過去のnoteについて
この物語のスタート地点はこちら→0話「幸せとは喜怒哀楽の調和である」
前回のお話はこちら→46話「ワーケーションとバケーション」
*過去のnoteは全て、マガジン「ヒツジゴヤ」内で読むことができます。

地球と小さな小屋

ジェフ・ベソスが宇宙に行ったらしい。

そして宇宙から地球を眺めて、こんなことを思ったそうだ。

地球の大気は地上では「とてもたくさん」あるように感じるが、宇宙から見ると「実際にはとても薄いことが分かる。とても少なくてもろいもので、私たちは地球を動き回る中でそれを傷つけている」とし、「それを頭で理解することと、実際にこの目で見ることは別物だ」と語った。

地球にいる時も、世界最大級の企業のCEOをやっているようなスゴい人であれば、地球環境について考えていなかったワケはないと思うのだけど。というか誰よりも、環境について考えなければいけないような立場だったりするのだろう。
だが、それだけ本気で考えて、行動していた人であったとしても、大気の薄さを体感するということはまた別次元のことなのだ。

「宇宙から地球を眺める」というのはどういうことなのだろう?

この問いについて考えていたら「ROOM」という映画を思い出した。↓

すごく簡単に言うと
小さな小屋の中で、外の世界を一切見ることなく、5歳まで育てられた男の子が、その小屋から脱出して、外の世界に飛び出して世界を知る。

という映画なのだが(実際にあった事件を元に作られた映画らしい)

もちろんこの男の子が部屋から出て“外の世界“を見た時の気持ちも気になるのだけど、自分が全てだと思っていたその“小さな小屋“を俯瞰してみた瞬間ってどんな気持ちだったんだろう。
宇宙から自分の住んでいる星を眺める気持ちに近いものはあるんだろうか?

こうやって考えていくと宇宙から地球を眺めるって何だかめちゃくちゃ怖いことのようにも思えてくると同時に、とんでもない視点の違いがありそうな気がしてくる。

今僕は「幸せの重心」をネット上で、と連載しているワケなのだけど、日々ネームがうまくできなかったり、絵が上手く描けなかったり、あーでもないこーでもないと考えながらも、落ち込んだり喜んだりしながらマンガを描いている。

そんな僕の気持ちも宇宙から俯瞰すると、どんなもんなんだろう…?

今週の幸せの重心

「宇宙から見たサラリーマン」

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どデカイ仕事を夢みるタナカと、宇宙に行きたいヨシキ。そしてシャム・ベソスは宇宙から何を思うのか…

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漫画家。コルクインディーズ/ラッキーズ所属。石川善樹さんについてのマンガ「幸せの重心」連載中。『おカネの教室』マンガ版連載準備中。